月夜見

    “弥生薫花”

           *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
如月の頭にあれほど暖かだったのも、言われないと思い出せないほど、
この冬も結局は、妙にいつまでも寒さを引きずり、
なかなか次の季節のお顔を、すっかりとは見せてくれないままであり。
陽が照ってさえいれば暖かな日もあれば、
冷たい風が始終吹き続けとなり、
表に出るのが億劫になるほどの底冷えの日もなかなか去らずで。

 「こんなんでホントに春になんのかな。」

暦じゃあ、もうすぐそこに卯月がやって来るというのに、
春にまつわる話があんまり聞かれず、
花見の話題より、風邪を引く子が増えたねと、
冬場と変わらぬ案じの声のほうが高いくらいとあって。
いつもお元気、冬場だって溌剌駆け回ってた麦ワラの親分さんも、
子供らのはしゃぐ姿ががくんと少なくなり、
いつまでも灰色の空が続くようなこの頃には、
さすがにちょっぴり閉口しておいで。
お勤めの一環でご城下の見回りがてら、
大店の戸前が連なる大路をたかたかと歩んでおれば、

 「あ、親分だ。」

向かい合うよにやって来た、
小袖に袴という格好の、療養所の小さな見習いせんせえが、
明るくお声を掛けて来て、
そのまま…あれれぇ?と小首を傾げた。

 「どしたんだ? 何か元気ないぞ、親分。」

まさかもしかして風邪なら、暖かくして早い目に休んだ方がと、
そんな案じを下さったのへ、

 「なんだ? その“まさかもしかして”ってのは。」
 「いや、親分には病気って縁がないよな気がしてさ。」

ご本人へは失礼かもと気づいたか、
さすがにチョッパーの口調は口籠もったそれになってたものの。
行き会わせていて、たまたま会話が届いたらしき周囲の人たちまでもが、
うんうんと感慨深げに頷いていたのは、
親分には失礼かもしれないが…ごもっともなことだったりし。(こらー)
それこそ微妙に口許をひん曲げたルフィだったものの、

 「…まあ、いんだけどもよ。」

殊勝というか大物なというか、
そのくらいのことでいちいち咬みつきゃしない。
それよりもと、
物知りなせんせえと逢えてちょうど良かったとばかり、

 「なあなあ、
  チョッパーでも いつ頃暖かくなるか、判んねぇのか?」

裏のご隠居と、時々 暦の話とかしてっしよ、と。
何か特別な学問で判るもんなら教えてくれよぉと、
お膝に手を置き、小さなせんせえを覗き込んだものの、

 「さてなぁ。」

スズメたちもムクドリたちも、
寒い寒いって木の上で身を寄せ合ってることが多いから、
あんまり話は聞けないしなと。
動物の言葉も判るせんせえならではなお言いようではあれ、
あんまり参考にはならないことを聞かせてくれただけ。

 「ああ そんでも、
  房総の方なんかは随分と暖かいらしくて、
  もう菜の花が咲いてるって話だぞ?」

 「菜の花か〜。」

おお、茎や葉っぱが柔らかい緑色で、
その上へ咲く花が明るい黄色で、春だなぁって感じの花だろう?と。
つぶらな瞳を嬉しそうに潤ませて語るせんせえだったのへ、

 「そうさな、
  柔らかくって、でも歯ごたえもあって、
  煮びたしにすっと美味いよなぁ。」

 「…そう来るんじゃないかと思ってた。」

今度は親分が腕を組んでまで感慨深げなお顔となったが、
そんなご意見じゃああんまりカッコはつかなくて。

 「菜の花か。
  サンジ辺りはそういうのにマメだから、
  何とか手を尽くして、
  早々と季節の膳か何かに仕立ててるかもだな。」

 「親分って、
  食べ物で季節の話しさせたら、案外と博学なのかもな。」

これでも感心しているらしい、
トナカイのお医者様が“はややぁ”と、
呆気にとられて話相手のお顔を見上げておれば、

 「……………お?」

両目まで つむっていた親分、
そのままで何に気づいたかお顔を上げて、

 「いい匂いがする。」
 「匂い?」

え?え? 俺より先に気づいたのか?と。
匂いや物音を察知することにかけては、
誰にも負けない自負があったチョッパーせんせえ、
ちょっぴり焦って周囲を見回したものの、

 「これって何とかいう花の匂いだ。」
 「……花?」

言われて改めて周囲の匂いをくんすんと嗅いだ小さなせんせえが、

 「なぁんだ、これかぁ。」

ああ吃驚した、俺の鼻がおかしくなったかと思ったなんて、
ほおと胸を撫で下ろしてから、

 「これは沈丁花の匂いだぞ。」
 「ジンチョウゲ?」

そうだと何故だか胸を張り、
えっへんと大威張りになったチョッパーせんせえ、

 「大方、どっかのお店のお庭に茂みがあるんだろう。
  小さい花だけど、塀越しでだってここまで匂うほど、
  そりゃあいい匂いがする花だぞ?」

キンモクセイとかクチナシと並んで、
いい匂いのする木の花の代表なんだと、
付け足して下さってのそれから、

 「これだったらもうずんと前からのこっち、
  ご城下中で匂ってたんだのに。」

気がつけないなんて、人間てやっぱ鈍感だよなぁと、
のほのほ微笑ったトナカイさんへ、

 「しょうがねぇじゃんか。//////」

おおお? 何でだか赤くなった親分さん。
ここに板前さんがいたならば、
さてはどっかの綺麗なお姉さんでも思い出したか?なんて
色っぽいことを聞きそうだったが、

 “だってよ…。//////”

いつだったか…そうだよな、ほんの最近だったよな。
夜回りの途中でかち会った誰かさんが、
墨染の衣のどっかにくっつけてて、
何だよいい匂いさせやがってよって、
ちょこっと怒ったら、慌ててあちこち叩いて見せてサ。
それって後ろ暗い所があっからだってますます拗ねたら、
違う違うって身の回り見回したその挙句に……、

 「そうだよな、凄げぇ小さい花だよな。」

一体 何を思い出したやら。
そもそもからして何とはなく不機嫌だったはずが、
うくくと笑って気もそぞろとなり、

 「え? あ、親分?」

じゃあなとも言わぬまま、たかたかとした歩みを再開し、
とっとと先へと急ぎ始める麦ワラの親分さん。
何がどうしたものなやらと、
ひょこり小首を傾げたお医者せんせえだったが、
そのまま立ち寄った“かざぐるま”で、
この顛末を話してサンジやナミを笑わせてもなお、
何がどうしてかが判らなんだ、
何とも純情なせんせえだったりもしたらしい。


  皆のところへも、早く春が来るといいですねぇ…。





   〜Fine〜  11.03.23.


  *ウチの裏手の斜め向かいのお宅では、
   白モクレンが大きい蕾を一杯つけてます。
   寒の戻りと呼ぶには容赦ないくらいの、
   底冷えや厳寒も続きますけれど、
   春はすぐそこ、もうすぐですよ?

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